勤労の義務はスターリン憲法の影響ではない。八木秀次の妄想にはあきれる。

 「ソ同盟においては、労働は『働かざる者は食うべからず』の原則によって、労働能力あるすべての市民の義務であり、名誉である」(山ノ内一郎訳、『人権宣言集』岩波文庫)

 スターリン憲法の規定が日本国憲法に持ち込まれたのは、一つには鈴木安蔵というマルクス主義を信奉する民間研究者らによる「憲法研究会」が昭和20(1945)年12月26日に発表した「憲法草案要綱」に「国民は労働の義務を有す」と規定され、その影響を受けた日本社会党が第90回帝国議会の衆議院の審議で追加提案した他、憲法の原案を起草したGHQ(連合国軍総司令部)民政局にもベアテ・シロタら社会主義の理解者がいたからです。

http://www.sankei.com/life/news/140104/lif1401040018-n1.html  

もっともらしい嘘である。

勤労の義務はなぜあるのか。八木秀次はスターリン憲法からの移植と妄想をかましており、さらに鈴木安蔵が考えたと事実でない嘘を述べている。勤労の義務は社会党議員が制定議会で発案した条文で、その義務は資本家に課せられている。八木はまったく不勉強だ。当時は失業者も多く資本家が気ままに雇ったり解雇するのを防ぐため、資本家に、労働者を雇う義務がある、と言っているだけだ。さらに八木は国防の義務がない、と嘆いているが、国民国家である以上、国防の義務が課せられてもおかしくないようにみえるが、憲法第9条との整合性がとれなくなり、第9条では「国防の義務」の代わりに「国民の自衛権」が確保されている。日本国民は「国民の自衛権」が確保され、抵抗権として自衛隊が政府に銃口を向ける権利が約束されさえされていればいいのである。

勤労の義務の意味は資本家は気ままに労働者を使うな、という意味です。だからその義務は資本家に勤労の義務が課せられている。国民にとって勤労は権利である。だから労働三権が憲法に書き込まれている。

勤労の義務は不労所得を得る地主にも向けられているのだ。

義務教育が大人に課せられているように、勤労の義務は資本家に課せられている。
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