マルクス主義的な左翼では現在の格差には立ち向かえないが、だからといって資本論を否定したらピケティのような「国家主義」万歳で終わる

マルクス主義的な左翼では、なんら、現在の新自由主義が引き起こす格差と貧困には太刀打ちできないことがわかる。
意地悪な見方をすれば、今、日本でアベ政治を許さない、と言っているだけの反政権層は、それら格差と貧困を見たくないから、天下国家を論じたり、抗議することで、自分の政治的欲望を実現しているだけである。
仮にピケティが言うように格差と貧困の是正のために富裕層に税を強化しても、それが、本当に格差と貧困の是正に使われる保証はない。単に役人の報酬が増えた、で終わる可能性は高い。
マルクス主義的な左翼もダメだが、国家主義のピケティはなおさらダメである。
資本論だけ読んでいればいい。
マルクス主義的な左翼では現在の格差には立ち向かえないが、だからといって資本論を否定したらピケティのような「国家主義」万歳で終わる。
なぜ、マルクス主義的な左翼ではダメなのか。
現在の貧困層は、そのマルクス主義者からも「怠惰」な存在と見えてしまい、(ルンペン・プロレタリアート!)、その社会の底に沈潜した貧困層は、片山さつきからも、マルクス主義者からも、排除され、その結果、格差と貧困は、なんら解決は進まない。
だが、だからといって、慈善家にすぎない資本家の良心主義でしかないロバート・オーウェンを「オルタナティブ」にみる見方は「退行」である。

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