大日本帝國は、1945年9月2日、無条件降伏した、が正しい歴史認識である

大日本帝國は、天皇のご聖断により、戦争が終わった、という嘘により、玉音放送のその日である8月15日が終戦記念日とされているが、8月14日にポツダム宣言受諾を連合国がポツダム宣言を大日本帝國に示してから回答期日が遅れたばかりに、日本には広島、長崎に二度の原爆が落とされた。ポツダム宣言受諾することは構わないが、国体は護持されるのかどうか、そのようなことに大日本帝國政府は逡巡し、回答が遅れ、広島、長崎に原爆が落とされた。このことは、誰もが口を閉ざす。
そして、大日本帝國は、敗戦ですらない。
それは、無条件降伏なのだ。
終戦か敗戦か、などという議論はそもそも、大日本帝國は、9月2日にポツダム宣言に、降伏を調印した、その「無条件降伏」を隠蔽する。
大日本帝國は1945年9月2日にミズーリ号の洋上でポツダム宣言に無条件降伏として文書に調印した、が正しい歴史認識である。

7月26日連合国がポツダム宣言発表。鈴木首相、東郷外相、米内海相らは国体護持(天皇制維持)のみを条件に受諾やむなしと考えていたが、阿南陸将ら陸軍は受諾拒否を強く主張し、意見が対立した。首相は裏面での交渉の継続に期待して、回答を保留することにしたが、軍の強い要求によって態度の表明を迫られ、新聞で「黙殺」すると声明を出した。8月6日広島、8月9日長崎に原爆投下。8日にはソ連が参戦。そして8月14日ポツダム宣言受諾。8月15日玉音放送。9月2日降伏文書調印。
この歴史から第9条を見ると、それは「戦意喪失」である。「戦意喪失」が第9条の実質的意味であり、だから幣原喜重郎がアメリカに提案したのもおかしくない。だが「喪失」は時間が過ぎれば、「回復」される。
70年すぎて、現在、日本が戦意高揚の渦に巻き込まれるのは、不思議ではない。

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