「平和を守るために闘う」という奇妙な日本語は即刻やめていただきたい

そもそも日本国憲法第9条を守るわけだから、国民は生き方まで「平和主義」でないと、矛盾だ。
第9条は、国民が国権の発動たる戦争を止める、という立憲主義であるが、その国民の前提は「平和主義者」でないと矛盾ではないか。
だから「闘う」とか言うのは、違和感がある。
抗議する、とか、国家に協力しない、とか、表現を変えたほうがいいのでは。
その「闘う」という表現に違和感を感じている市民もおおいはずだ。
以前から違和感を感じていたんですよ。
この「闘う」という言葉に。
平和主義でそもそも戦争をしないわけだから、その戦争をしない市民の抗議活動は本当に「闘う」であるのか。
例えば、市民の生活を守る、は平和主義にあっているけど、市民の生活を守るために「闘う」となると、目的は、「闘い」か?と勘繰りたくなる。

「平和を守るために闘う」という奇妙な日本語は即刻やめていただきたい

 
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