そもそも、昭恵夫人が高江のテントに訪問したくらいで、状況がさして変わるわけでもない

昭恵夫人が単に総理夫人というだけで、まるで、安倍政権の手下のように動かされている、というその見方は、奥さんは旦那に従うものだ、という自分の古臭い男女観をそのまま昭恵夫人の行動に投影して述べているだけで、述べている人の本性がマッチョであることを自分で証明しているにすぎない。
昭恵夫人の人格を完全に無視している。
そもそも昭恵夫人は、自ら家庭内野党を、自認しており、脱原発、辺野古基地移設には反対しており、ときには夫の総理である安倍晋三と喧嘩もするというようなことは、マスコミによって知られている。
昭恵夫人そのものは、安倍晋三の政策とは、正反対の方向を向いており、それは、今までの昭恵夫人の行動によっても証明されている。
今回の高江テント訪問も、昭恵夫人の価値観に基づいた彼女の人格に基づいた行動であり、決して非難されるような事柄ではない。ましてや、テントに行きたいとは、三宅洋平も昭恵夫人も述べておらず、テントの責任者が連れて行く、と言ったからついていったことまでも岩上氏の記事で知られている。そもそも、その昭恵夫人の行動を疑うその考えは、疑う、というようなものではなく、疑心暗鬼、にかられたパニック心理にしか私には見えない。
つまり、昭恵夫人の行動を非難する反安倍の心理は相当、危険水域にあり、疑心暗鬼にかられた人間特有の罵詈雑言を昭恵夫人の行動に対して投げかけているだけで、その心理は、セクト主義ともよばれ、発展すると、連合赤軍のリンチ事件のような状態にまで追い詰められる。
そもそも、昭恵夫人が高江のテントに訪問したくらいで、状況がさして変わるわけでもない。
ましてや、昭恵夫人は、対話を求めに来たまでに過ぎず、それが、単に総理夫人、というだけで非難されたのでは、未開地域に住んでいる文明に接触してこなかった人間が、初めて外の人間に対して接触し、驚きの心理を見せるその状態に似ている。
さらに、高江テント側の言い分に、昭恵夫人は、一般市民ではない、というのが、昭恵夫人にたいする拒否反応の言葉として挙げられていたが、それは、昨今の雨後のタケノコのように湧き出たデモが盛んに述べた、一般市民、普通の国民、といった同質化を基準に置いた運動であり、それは、民主的に見えるが、非民主的な形態である。
つまり、われわれと同じ価値観を有さないものとはなんらコミュニケートしたくない、という排除心理でしかない。
だが、その心理はわからなくもない。
なぜなら、人間は、追い詰められれば、パニック心理に陥るからだ。
現在、反安倍は、この高江テントも含め、鳥越陣営もそうだが、状況が進歩しないことの苛立ちからくるパニック心理にはまっている。
そのパニックは、反転すると、かならず、ファシズムに転化する。
仮に昭恵夫人が官邸とつながって、官邸が昭恵夫人の高江行きを知り、そして、昭恵夫人が高江テントで見聞きしたことを官邸に伝えたところで、大して状況が大きく変わるわけでもない。
昭恵夫人の行動とは関係なく、機動隊は沖縄に国家権力は投入しますから。

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