君は、障害者の人間性がすばらしいから、つきあうのか?それは、「選択」していないか

LGBTにも素晴らしい人間性の人がいます、というような、いかにも、マイノリティを擁護するかのような言葉は、欺瞞ではないのか。
というのは、〜の中にも素晴らしい人間性の人がいます、は、前提として、いないことを想定しているからだ。こういう言葉も、差別ではないのかなあ。
単純に、僕は彼が、LGBTだとか、外国人だとか、障害者だとか、気にはしない、話してみて気があったから友人を続けているだけで、ときには喧嘩もすることもある、だが、それは、どんな友人関係もそうであるように、僕とその友人は、そういう至ってシンプルな関係だ。
というような言葉の方が、説得力があるのではないか。

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