介護という崇高な目的には労働者は泣き寝入りしなければいけないのだろうか

仮にやまゆり園が「障害者」に対して「差別と偏見」をなくす施設だとしても、夜勤を最低賃金の金額で労働者を雇用するのは、労働者の生活を奪っている。事実、植松容疑者は生活保護受給者でもあった。障害者のために労働者の生活が奪われている、という状態でもある。
つまりは、暗黙に労働者は、介護という「聖なる行為」には我慢しろ、というこれも「ナチス」のような思想が内在していないだろうか。
問題の根源はこの労働環境ではないのか。
規制緩和された以降の、介護産業の荒廃した労働環境ではないのか。
もっとも植松容疑者自身、反人格性障害という精神疾患でもあることもこの事件のファクターのひとつではある。

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