相模原事件を障害者差別と実は国は糾弾してほしい。なぜなら本質を隠すから。

相模原事件を、ヘイトだの障害者嫌悪だのそういう方向で話を片づけてしまうと、その結果、官僚は、そういう危ない奴を規制する、となって、まったくろくでもない結果にしかなりません。
単に監視国家が進むだけです。
国家は、リベラル的な国民にとって都合の悪い「ヘイトスピーカー」だけを規制するわけではない、それを出汁にして、「国家にとって都合の悪い国民」を規制します。
そういう監視国家にしたければ、せっせと相模原事件を「障害者差別事件」とお涙ちょうだいの話で糾弾してください。

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