相模原事件の本質はヘイトクライムではない

相模原事件を、ヘイトだの障害者嫌悪だのそういう方向で話を片づけてしまうと、その結果、官僚は、そういう危ない奴を規制する、となって、まったくろくでもない結果にしかなりません。
単に監視国家が進むだけです。
国家は、リベラル的な国民にとって都合の悪い「ヘイトスピーカー」だけを規制するわけではない、それを出汁にして、「国家にとって都合の悪い国民」を規制します。
そういう監視国家にしたければ、せっせと相模原事件を「障害者差別事件」とお涙ちょうだいの話で糾弾してください。
相模原事件を「障害者嫌悪」だとかいって「障害者の声」だとかいって、いかにも障害者の味方面した人間がいますが、それは自分の存在をアピールしたいだけの「いかさま野郎」ですが、安倍はその「いかさま」すらできない無能です。
相模原事件の本質はヘイトクライムではない。
孤立化した労働者がいかにネットに汚染されその汚染をリアルに受け止め、現実と仮想現実の取り違えから起きた精神疾患の人間の殺害事件である。
そして介護産業では常に労働者不足が起きており、介護という極めてスキルが求められる職種に、安上がりの介護非正規労働者を流し込みたがる国の労働政策の怠慢の結果である。その安上がりの介護非正規労働者やほか正規労働者の重労働と労働条件の悪さからくるストレスが入所者へ虐待へと向かう、その極端な事例が相模原事件である。

そして、相模原事件は、先進国で最近起きている自称ISISのテロやほか大量殺人事件もまた同じタイプの孤立した人間のネットによる脳内汚染が生んだ事件と同じである。

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