資本主義世界に生きている以上、資本家からの暴力は労働者は覚悟しなければいけない

資本主義では労働者の搾取が原理的に存在している。
その社会にあって、パワハラだとか差別だとか言い募るのは、馬鹿らしいのだ。
つまり、搾取が毎日行われているそのことが「原理」としてあるのだ。
さらにいえば、資本主義の成立はエンクロージャーという収奪。つまりギャングさながらの強盗であるから、そのようなギャングが生んだ世界で、「差別」だとか「パワハラ」だとか「人権無視」だとか言うことは資本主義のそもそもの問題をわかっていない。
繰り返して言うが、「搾取が毎日行われているそのことが「原理」としてあるのだ。」そういう世界に生きているから、政治家が資本家に近ければ近いほど、ギャングのような暴言になるのは、むしろ「法則」なのだ。
その「法則」が内面化したイデオロギーを搾取される側の労働者が所有する、その悲劇が植松聖であり、自己啓発におぼれるビジネスマンであり、資本主義を無視して日本会議がどうたらこうたら話す自称リベラルである。
そもそも彼らは今生きている世界がなんなのか。わかっているのだろうか。

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