問題の深層は、介護に不向きな人間が介護産業に流入せざるをえない国の方向性にあるのではないのか

この度、殺された障害者の方にはご冥福をお祈りします。

私が障害者殺人事件で感じたことを述べます。

そもそも介護産業へ、労働者を誘導するような現在の労働行政の失策も原因としてある。
労働人口の移動だ、というような触れ込みで、一時期、政財界がわあわあ騒いだ、その結果、ネコもひゃくしも介護産業になだれ込んだ。
中にはワタミまである。
そういう介護産業ブームの裏のネガティブな陰惨な事件が、障害者大量殺人事件へとつながったのではないのか。
殺人者のその男の賃金は夜勤時給905円。ということは、日勤に直すと、724円だ。
これを夜勤だけで、1日8時間労働で22日労働で、159280円(総収入)だ。
ここから、控除されると、手取り、12万くらいではないか。
しかも介護保険控除つきだ。
そのような、低賃金では、その男も、栄養障害であり、しかも夜勤が連続であれば、疲労が重なり、なんらかの殺意を、その労働環境に抱いてしまうのではないのか。
だが、こういうことを言うと、怒る人がいる。
障害者殺人者はナチスだ、差別者だ、と。
だが、その男は単独犯であり、ナチスのようなメカニズムではない。
彼は、人を殺す、という一線を超えるのに、なんらかの、理論を必要としたのだ。それが、彼が手紙で書いたようなことなのだろう。そして、果たしてその男はネトウヨに感化されたのはそうではあるが、それは、低賃金の娯楽がネット代しかかからないインターネットくらいしかない以上、感化されてしまうのも、わかるような気がしなくもない。
表面でみれば、ネトウヨだとかヘイトだとか差別だとか、そういう言葉を発したくなるが、事情は違うのではないか。
彼の労働上のルサンチマンの対象である障害者を「殺害」する言い訳が、あの手紙だ。そして政治家に訴えるのは、ある意味、不思議ではない、彼の無意識の主張は、この俺をなんとかしてくれ、であり、短絡的な思考の彼は、自分の不遇な環境は、障害者がいるからだ、と考えてしまったのだ。
だったら障害者施設で働くな、になるが、ここから文の冒頭につながる。
現在、労働市場は、介護産業に猫もひゃくしをいれたがり、若者もそうだし、中高年もそうだろうが、介護産業にしか入れない事情があるのだ。
つまりは障害者介護、というか、介護に向いていない人間が、流入したのだ。
介護絡みの事件ではほかに、70代の女性にいたずらする20代男性というのもあった。
障害者大量殺人事件の犯人もまた20代である。
つまりは、20代の労働の選択が少ないことが原因としてある。
問題の深層はその介護産業の隆盛にあるのではないのか。
介護とはなんなのか。
障害者介護を労働するとはなんなのか?
それは銭で変えられるものではない。
だが、介護産業の隆盛とは、その銭の産業に変貌させた。
その銭の産業で、夜勤で勤務した男が障害者殺人者であり、それは、介護労働現場を国が見捨てたその結果ではないのか。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 社会思想へ
にほんブログ村

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中