安倍政権が極右だから小池百合子は極右を行ったほうがいいという単なる打算

小池百合子も橋下徹も右派ポピュリズム政治家の断片である、という世界同時右派現象のひとつではあるが、橋下と小池の違いは、これは本質的なことだが、男と女の違いだ。
小池は、女を売りものにしている。それは橋下にできない(あたり前か)。まずはそこだ。
そして、小池は保守界隈という男性原理権力社会を生きてきた女性であり、当然、私はできる女をアピールするには、右派右派(うはうは)というしかない。当たり前のことである。だいたい保守おやじとつきあえば誰だって小池になるw
橋下は、そういう右派日本でうってでるには、わざと右派をアピールしているにすぎない。
小池の反自民の演出は、橋下のアンチ東京の寸借でしかなく、まさに、利用できるものならなんでも利用してしまう小池百合子の政治力の本領発揮である。
そもそも世界同時右派現象なのに、なぜ、リベラルが擁立できると考えることができるのか、そこが謎である。
小沢に率いられる野党共闘もまたその世界同時右派現象のひとつであるのだが。

安倍政権が極右だから小池百合子は極右を行ったほうがいいという単なる打算をしているにすぎない

細川新党から始まり、保守しかわたってこない女が男性原理の権力社会で生きるには、権力者に気にいられるかのような振る舞いをする、つまり、思想はなんだっていいのだ。 それは、吉良よし子が志位に気にいられるようなことのコインの裏表の関係でしかない。

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