思想しているだけの戦争ユートピアン小池や幸福実現党などの脇役を非難していい気分になっていてはいけない

政敵の政治思想が、単に右翼という理由ゆえに、それだけで、その政敵を追い込むのは、何ら道理はない。
なぜなら、思想など、それが右翼であれば、戦争をすることを思想しているだけのことにすぎないからだ。
そして、現在、現実的に、戦争国家を進めている主体はいうまでもなく安倍政権であり、その具体を批判しなければいけないはずが、思想しているだけの戦争ユートピアン小池や幸福実現党などの脇役を非難していい気分になっていてはいけない。
現在、進行している戦争国家とは、安倍政権のイデオロギー産物が経済界などの現実界が協力と依存の形で具象化したものであり、何も日本会議というような、マッド宗教が単独で行われたわけではなく、実際のところ、政権を左右している宗教は創価学会である。日本会議批判者は、単に右翼にびびっている小市民である。
われわれは、闘いの局面においての認識こそが、命綱であり、単なるデモなどは、企画された労働力の支出でしかないことを認識すべきである。
まずは、認識だ。
たとえば、東京都知事選の認識は、舛添要一の公的資金の流用という問題が、舛添要一退陣においこまれ、その結果の選挙という税金の無駄使いである。その舛添要一が退陣においこまれた理由を前提にしているのに、小池をタカ派だとか、適当に選ばれた鳥越に護憲平和を託すのは、病人の振る舞いである。
そして小池に対する批判は、すべて蓋然性を前提にした小市民の過剰な反応が呼んだものであり、なんら闘いの戦術においては、愚策である。
物事は構造的に捉えなければならず、その構造の基点に舛添要一退陣がある。
では、われわれは、東京都知事選挙に対し、どのような態度をとるのがよりいいのか。
ベストは選挙ボイコットである。
なぜなら、それは、一都知事の不始末が生んだ税金の無駄使いだからである。
ベターは、小池に東京都政改革を、公約してもらったことを行なってもらい、できなければ、リコールである。これは、なんら税金の無駄使いではない。なぜなら、住民の正当な手続きだからである。
そのリコールこそが、東京都民が、主権を奪い返す民主主義であり、民進党が適当に選んだ鳥越に、期待を抱くのは、依存症である。
都民は本当に地に足をつけて生きているのだろうか。

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