ダッカテロも、テロは裕福な家に生まれ育った若者がひき起こすといういつもの法則を世界に見せつけたにすぎない

ダッカテロは、ロシア19世紀のテロの形態をそのまま継承している。これは、世界を震撼させたカルロスもそうだ。そして、オサマだ。
彼らは、自爆テロやそれに類したことを貧乏人には行わせたがるが、自らそのようなことはしない。
彼らは、英雄主義を内面化しており、その英雄的な行動を自らに律し、テロを計画化する。
一時期は先進国が、ダッカテロのような若者は存在していた。日本では三菱重工の社長の子息が、ピース缶爆弾の製造者だ。他にもオウム真理教だ。
テロとは裕福を自らの力ではなく享受できてしまった若者の自分探しである。
ダッカテロとは先進国並みライフスタイルを享受できるようになったことにおける後進国の内部矛盾である。
そのライフスタイルを享受できるように、「援助」したのが、今回、殺害されたJICAである。
そのJICAが、本当にバングラデシュのことを考えて「援助」していたのか。
それは、バングラデシュに入り込む日本企業も含めたグローバル企業の一つに現地からは見られていたのではないか。
テロの動機のイスラム原理主義は口実である、過去の先進国の若者のテロの口実がマルクスレーニン主義であったことの形態の後進国への「転移」である。
資本が地球に全面化すれば、それに対抗しているかのように見えるテロもそれに伴い全面化する。
そのことがダッカテロから私が見えたことである、
だが、沖縄はテロはない。
なぜなのか?
資本主義の外がまだあるからだ。

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