政治はどこかの馬鹿のSEALD’sが言うような「意識」の問題ではない

僕にはいまだによくわからないのが選挙の世論調査。
支持率がなんとか党25%、だとかいわれても、
僕には僕が投票したい政党がある(え?今の中で!)があれば関係ないはずだが。
過去は電信電話公社とか日本専売公社の人は思考停止で社会党だったからまったく世論調査なんて関係なかったんじゃないかな。
選挙がタレント選びのごとくなってきたね。
それは、社会党崩壊、が大きな原因。
アンチ自民の受け皿がないということだ。
そもそも、俗論が左翼は分裂して、共闘しない、だが、過去は社会党が勢力があったので、別に「共闘」する必要はなかったんですが。
大同小異もないんだよ。だって社会党という塊があったから。その中で派閥抗争はあったけど、アンチ自民の有権者は社会党に投じるという機能ができており、それが自民の夜郎自大を規制できていた。共産党も社会党を立てるしかなかったからね。
だから、意識の問題ではない。
構造と力関係、制度、の問題だ。
さらに意識がなんたら、は、戦争を前に無力さをみせる「西田哲学」のような形而上学である。
そしてそのうち、誰かが言う。「国民は黙って事変に処した」。
単に、アンチ自民の受け皿が中曽根に破壊された、そのことを前提に考えないから、投票に行こう、というくだらない呼びかけをできてしまう。
つまり、民主主義の崩壊は、大衆の「民意」が遅れている、とか、「意識が低い」からとかそういう「講座派」のような見方は間違っている。
組織する側が、組織できていないのだ。
これは、アメリカのバーニーサンダースをみればわかる。
バーニーはアメリカの若者を興奮させたのだ、それが組織化だ。
だが日本共産党は、非正規約4割という大きな「パイ」があるのに、勝負にでず、ただただ、崩壊した中産階級の政党である民進党に「共闘」なる意味不明な呼び掛けをしている、組織化ができないのだ。
志位委員長の頭は「眠っている」。

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