自衛隊合憲論だったら国民皆兵制のほうがなんぼかまし

僕は極端なことを言いますが、自衛隊合憲論であれば、「国民皆兵制」のほうがなんぼかましです。
「国民皆兵制」が嫌なら強く、自衛隊違憲を主張すべきだと僕は考えますね。
自衛隊合憲論というのは、国民は税金さえ払えば、「公務員」に「国」を守ってもらえる、というブルジョア思想の腐敗です。
そのあり方は、民主制国家としては、間違っている。
徴兵制は、フランス革命とともに生まれた。それは革命国家防衛として生まれた。だから人民民主主義国家のアメリカ合衆国は徴兵制はあった。その徴兵制があったころの戦争を描いたアメリカ映画は「最前線物語」である。アメリカの戦争がひどくなったのは徴兵制が廃止されてから、以降の戦争であり、それはラムズフェルドの戦争民営化論である。
国民皆兵制はなんらおかしな主張ではない。
アメリカのマルクス主義者のフレドリック・ジェイムソンも主張している。というか私はそれは、あり、だと考えたから今、書いている。
そして、戦前の国体主義国家・日本は国民皆兵どころか、兵役から免責されるものが多数存在した歪んだ「徴兵制」であったのだ。
華族は兵役免責、大地主はカネ払えば兵役免責、兵士にとられても文科系だけが「特攻隊」、南方の激戦地は在日が「玉砕」、という特権層にはとても親切な、だが下層庶民には酷薄な徴兵制であり、いくら、日本共産党が獄中に戦時中つかまっていた、と遠吠えしようが、庶民は特攻隊、アッツ島玉砕、といった獄中につながれる以上の地獄を見てきたのです。
国民主権とは、それは人民が、プロフェッショナルな兵士を打倒し、自ら銃を握る権利でもある。
もし、本当に第9条を維持し、平和国家を存続したいのであれば、即刻、今すぐ、支配層に気にいられたいがための「自衛隊合憲論」を捨てよ。
ゆえに、防衛費は人殺しの予算発言は、正当な第9条擁護の最前線の論理である。

藤田嗣治 アッツ島玉砕はこのブログから見ることができます
http://www2.plala.or.jp/Donna/foujita.htm

 
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