われわれ人民はその職業政治家へ「容赦なき批判」を行うことが人民の政治的権利の基本だ

人民の政治活動の基本は権力や権威への批判・悪口・風刺が基本。選挙権はそれより以下。 基本的人権は選挙権がベースではない、それは表現・言論の自由がベースだ。
つまり選挙で安倍のようなあほな政治家が生まれても権力への批判があれば政治などは変わるのだ。
というか選挙はいつでも安倍のようなあほが選ばれてしまうというリスクがある。どこぞの「某共産党」のように、なぜか無関心層を掘り起こせば、安倍のようなあほが選ばれずに済む、と根拠なき確信を、われわれ人民に押し付け、人民の思考停止を加速する。
選挙に「政治生命」をかけるのは職業政治家であって、われわれ人民はその職業政治家へ「容赦なき批判」を行うことが人民の政治的権利の基本だ。
選挙権などはそれ以下だ。
なぜ、安倍政権が進んでしまうのか、それはメディアが権力批判をしないからのことであって、なにも大衆の政治的無関心に責任があるわけではない。
安倍政権とメディアの一体化。
そのメディアの一体化を批判する前にネット戦略だの、表面しか指摘できない「文化人」も権力批判を忘れたどうでもいいやつらである。

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