単に、政治を常識的な形にしよう、と野党共闘は唱えればいい

そもそも現代の日本人は、思想を間違えてとらえている。思想は、健康に役立つものでもなければ、社会や国家のためにあるようなものではない。確かに、言葉の上では国家や社会のためだという思想もあるが、よくよく読んでみると、その考えでは、むしろ国家や社会に迷惑だ、というのが思想である。
例えば井上日召の一人一殺などは、国のためだという思想でもあるが、実際問題、どんどん天誅を加えていったら、国家そのものにとって迷惑である。であるので、無期懲役で逮捕されてしまった。
言葉の上では国家のためだといいながら、実は国家のためにならない、それが思想だ。
そういう意味でいけば、現代の日本には思想家はいない。
思想はむしろ反国家的、反道徳的なものであるので、「人権を守ろう」は「思想」ではない。それは単に「常識」である。
現代の政治で行われている争いは、思想の争いではない。まるで右翼と左翼の争いであるかのように見る人がいるが、それは違う。
非常識な自民党やおおさか維新に対し常識的な価値観の野党共闘が争っているだけのことであり、その争いは思想でもなければ、政治理論の争いではない。
常識的な政治にしよう、というのが野党共闘の主張はだいたいそういうものである。「保育園落ちた日本死ね」という言葉のどこが「常識的」なのか、と自民党側は言うだろうが、それはあなたたち自民党の方々が興奮してしゃべるような非常識な発言と大差なく、保育園の問題を改善しよう、はなんらまったく常識的な考えである。
私が言いたいのは政治を常識的な形にするのは、私も賛成するが、それはあくまで常識的な形にする、ということだから、なにもさほど意気込むようなものでもない。
私は、提案する、日本の政治を常識的な形にしよう、が野党共闘のスローガンにしたほうがいい。
でないと、問題が拡散してしまう。
単に、自民党は非常識、われわれ野党共闘は、常識的といえばいい。

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