日本国憲法にはどこにも公共の福祉により人権が「制約される」とは書かれてないのだが…

そもそも日本国憲法では、

第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

とあるように「責任を負ふ」と書かれてあり、
さらに

第二十九条  財産権は、これを侵してはならない。
○2  財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
○3  私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

と公共のために用いることができる、と書かれてあるだけで、

人権が公共の福祉により「制約される」などとは一切書かれてありません。

そしてヘイトスピーチの主体が公権力か私人であるかによって法の適合を考えればいいはずのことであり、ヘイトスピーチ法をわざわざ作らなくてもできるところを作るのは、

ヘイトスピーチが目的ではなく、

別の目的の可能性が高い。

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