あほな法律、ヘイトスピーチ法

日本の警察はいまでも特高と官憲。岡っ引き、憲兵ですよ。市民警察なんて、老人の道案内のときだけ、少し、です。そんな「警察」に表現の自由を規制しかねない「ヘイトスピーチ法」を与えてしまうのは「自由の死」につながるだけです。
多くの善良なる無知市民は、ヘイトスピーチさえ言わなければ安心となぜか楽観的にみていますが、ヘイトかでないかの認定は、国家が行う(法律ですからね)つまり、あなたがその気がなくても「その言動ヘイトの嫌疑あり」、交番まで来い、になるかもしれない。
ヘイトの定義なんて、ある特定の人種・民族に対する憎悪だが、そんなもん、なんだって使えます。
きゃあ、あのコリアンはイケメ~ン、これも「韓国人」をそういう芸能の対象でしか見ない、頭脳がない人間とみる「ヘイト」ととることもできる。まあ、ここまでいくかわからないが、曖昧な定義ですからね。
さらに、陰謀論者の安倍は韓国人だみたいな妙な妄想をネットで述べる人もいますが、「ヘイトスピーチ認定」になるかもしれないし、安倍が統一教会も「ヘイトスピーチ」と見ることもできますからね。
あほな法律を作っちゃいましたね。
「え?在日がヘイトスピーチで傷ついている」といいたいでしょうが、それは日本人であるあなたが勝手に作り上げた「ポエム」ですよね。
当時者はバット握りしめて、怒り狂っているだけかもしれませんよ。
ヘイトスピーチ法は、まさに地獄の道は善意で敷き詰められる、の典型例です。
そもそも人間はどれだけ平和に育てようが攻撃性は残る。
そのことを認識していれば、いたずらな解決はしません。
認識が大事です。なぜなら幻滅もしないし、対処法もできる。

ヘイトスピーチによって在日が傷ついている、というポエムはそれは日本人が立ちあがらないことの「鏡」でしかない。
だが、在日が奴隷日本人のように「傷ついている」だけだろうか?
案外、楽しんでいるかもよ。今度、八つ裂きにしてやろうか、と。見てろよ桜井”!と。
ということは、日本人労働者も、今度八つ裂きにしてやろうか、うちの社長、見てろよ(ここはあなたの会社名の社長名を)!となるのだ。
いつまでも「かわいそう」だとか、「仲よくしよう」、だとかいう欺瞞プレイはやめるべきだ。それこそ「日本の恥」だ。

日本人であるあなたが権力に弱い子犬だからといって世界中の誰もが「日本人のように立ちあがらない」わけではない。
つまり、「ヘイトスピーチで傷ついている在日」という日本人が作りあげた「繊細なポエム」は、世界の人々も日本人と同じような従順な「奴隷」とみたい「鏡像的妄想」である。

在日がヘイトスピーチで傷ついていると日本人が言うのは失礼だろ、違うか?それは在日を下にみているんだよ。つまりいまだに「同じ国民だ、だが二等国民として」とみているんだよ。

在日がヘイトスピーチで傷ついているというポエムは在日を「ネイティブ多数派ジャップ」に保護される対象とみたい、それこそ「差別」です。

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