権利主体である人民は誰だって「改憲派」なんだよ?

憲法は法に過ぎないからそれに対して改憲も護憲もない。
法であるから従う、それだけだ。
改憲なんてあほらしい話だ。
権利主体である人民は誰だって「改憲派」なんだよ?
意味わかるかな?
つまり人民が憲法を変える必要なし、(たとえ動機が面倒くさいでも)それが人民の意志なら憲法改正の必要なし、その必要なしが「改憲」だ。
その人民をさしおいてなぜ政府が改憲を口走るのだ。
その時点で政府は法に従っていないのだ。
だから人民は政府が改憲とか言いだしたら、あのう、改憲の権利は人民にあるんですが、ちょんちょん、と肩をたたくべきだ。
だから改憲と護憲の争いが間違っている。
それは土井たか子に責任がある。
そして志位委員長にもだ。
つまり護憲派は護憲派で日本国憲法をそこから外れたまずい鉄道とみているんだよ、それが暗記教育の結集でしかない野党の弱さだ。
安倍自民党の改憲の問題はそれが第9条がなんたらかんたらではない。
憲法を変える権利を所有する人民に政府との契約を行ったに過ぎない首相が改憲を口走ってしまうことは、法の秩序を破壊してしまうのだ。
「法に対する挑戦か」
であり、第9条がなんたらは本質ではない。
改憲を口走る首相にはこういえばいい。
戦争するかしないかもわれわれ人民が決めることです。
首相であるあなたが決めることではない、だ。

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