野党が、SEALDのように、憲法はおれの言葉だ、と捉えていたら、捉え方が間違っている

与党に向かって憲法を守れ、という野党の主張は正しいように見えて、滑稽なことは、その憲法の諸権利を、与党に向かって守れ、という前に、いかに行使するかであって、その諸権利の行使を野党は行っているか、だ。
もしかしたら、SEALDのように、憲法はおれの言葉だ、と捉えていたら、捉え方が間違っている。
今まで議会政治が、外見上、憲法に従って機能していたのは、議会の勢力のバランスが与党野党の拮抗にあり、そのバランスが、崩れた現在、野党がなし得ることは、与党に向かって、憲法を守れ、と、与党の良心に訴えかけるような方法しかなくなった。
だから、やけに、過去の自民党を今よりましだった、という野党の認識に至るが、そうではなく、野党の議会の勢力が、激減した。
その激減こそが、与党の力を相対的に伸ばしているのであり、安倍が日本会議に属していようが、そんな瑣末なことはどうだっていいのである。
問題は野党の力不足を、野党がいつまでも、否認し続けることである。

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