日本の戦時中の自由は、ジャズメンや淡谷のり子のような「モボ・モガ」が守ったのである

日本人は戦時中、治安維持法により、支配されてしまったものと、だが、精神だけは自由を保つことを維持した層が存在し、戦時中、ジャズを聴いていたような層や日本国憲法の草案を作ったような憲法研究会のような者たちや、また、戦後、漫画を大量生産した手塚治虫や外国映画を見ていたような層が、日本の自由を精神だけは保ったのである。
大衆は日本共産党より、淡谷のり子を支持したのだ。
それは日本共産党が「アカ」だから、大衆が淡谷を支持したのだろうか?
大衆は日本共産党の硬直性に「自由」を感じなかったからだ。
むしろ、戦争中でもモンペを拒否した淡谷に自分たちができない「自由」を見たのだ。
また、戦時中も、企業の横暴に対し、日本の労働者は即時抗議するような層もいた。
さらに、石橋湛山は、しつこく敗戦末期まで反戦と小日本主義を唱え続けていたのだ。
日本共産党が獄中につながれたので、いかにも、彼らだけが、抵抗したかのような日本共産党のプロパガンダがあるが、それは丸山真男から見ると、有効な戦術を作ることができず、戦争阻止を行えなかった日本共産党にも戦争責任がある、と批判している。
現在も日本共産党は、全く有効な政治的戦略を立てられず、しかもなおかつ、野党共闘のいいだしっぺの役割であったのに、小沢一郎、民進党、小林節により、包囲された。
野党共闘が共産党では進まないことを知った自民党は日本共産党を舐めきり、破防法閣議決定を行った。
人民は、本当に、自分たちに自由を手にしたいのであれば、日本共産党の現在のさらなる後退を批判し、日本共産党もその人民の真摯な声に応えなければいけない。
志位委員長はラップで演説をしようとしたり、バカな小手先作戦を行うのではなく、

ストレートに、人民にとっての政策

を主張すべきだ。

そうしないと、さらに日本共産党への人民大衆の離反が始まる。
こういう私のような、人民の声を自分たちへの攻撃にしかみないその態度を改めよ、日本共産党。

日本の戦時中の自由は、ジャズメンや淡谷のり子のような「モボ・モガ」が守ったのである。

そのような気配は今でもあり、社会党崩壊以降、土井たか子の硬直性と、その後の後継者つくりの不在が左翼の最大の衰退原因であり、日本共産党もその硬直ぶりは変わらず、見せかけの若者へのすり寄りという最悪な姿勢しかみせることしかできていない。

もう、日本は総力戦体制である。

その総力戦体制から逃れるには、戦時中、ジャズを維持したジャズメンのような柔軟さが大切だ。

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