不愉快な労働運動家もたまにはいる

僕は妙な労働運動家が政治活動に参加するのは構いませんが、それは「私人」なのか、「組合員」なのか、区別をつけて行ってほしいと考えます。
その妙な労働運動家が、沖縄で座り込みをするのは構いませんが、労働者は、まさに日々の企業活動に「黙って事変に処しており」その、労働者ではなく、いかにも闘っているだけが「能だけの」労働運動家が労働者より脚光があびるのは、不愉快と感じます。
全労働者の待遇向上ができない労組がいくら政治ストを行おうが、まったく力はない。

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