労働の尊厳ではなく、労働者を尊重せよ

日本共産党や頭の固い古い左翼は労働を美徳、その人間の人格の一部と見たい傾向があるが、日本企業は、単に労働者を家事使用人の延長として、こき使うだけだから、美徳や尊厳に値する労働はもともと、存在しない。
例えば、職務が限定され、その労働者が、その労働一筋数十年ということであれば、その労働が人格の一部かもしれないが、それにしたところ、企業の生産活動に人格的な担い手として、従事するだけだから、労働が人格権とまで主張するのは、土台、ギャグである。
ある労働を自ら求めた、それは、その労働者の願望であった、だが、そのようなケースは、むしろごく少数であり、多くの労働者は、企業の家事使用人のように、なんでも、どこでも、いつでも、企業の雑事をやらされるのが実情である。
人間である労働者を尊重せよ、が優先としてあり、労働など、二の次でいいのだ。
でないと、労働しない人間、できない人間は排除されてしまう。

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