とても個人主義的なイタリア労働者を見習おう

イタリアの労働者は個人加盟の労組に入り、企業内で、同じ企業の従業員が別の労組であれば、「連帯」などしないということだ。
こういう割り切りが重要だ。
日本の妙な「共闘」を呼び掛ける連中とは違いイタリア労働者はまったくレベルが高い。
そして、イタリア労働者は、資本家と労働者には溝があり、それは埋められるものではなく、them and us の論理に貫かれている。them and usは英国もそういうことだそうだ。
当然、バーニー支持者もそうだ。
だから日本だけなんだよ、仲よくしよう、とか、いい資本家もいる、とかいっている反政権はw
いい資本家であろうが、資本家は資本の人格的な担い手に過ぎない以上、それは当たり前の話だが、構造として階級として交わることなど「物理的に不可能」だ。
ということはブラック企業さえ糾弾するのは、実はなんら本質ではないのだ、これはブラック以外のいい企業がある、という前提に立っている。
それは違うのだ。
いい資本でも資本である限り、利潤拡大の欲望が存在する限りその資本家がいくら稲盛や松下のように「聖人」ぶろうが、彼らの資本の行動は規制されなければならない。

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