労働者である大人の貧困は「自己責任」であるわけがない

労働者である大人の貧困は「自己責任」であるわけがない。
その生存すらおぼつかない賃金の決定は、だれが決めたのか、だ。
その貧困の労働者ではないだろう?
その貧困労働者を使用する企業にあり、その企業の決定に、その貧困労働者は関与していないではないか。
であれば「自己責任」であるわけがない。
そしていまだに貧困労働者が貧困に陥る最大の原因はその労働者の「家計管理」だと、または「意識が低いだから」と、自称左派までが、その貧困労働者を追い詰める。そもそも低賃金労働者は、浪費などできない。可処分所得が毎月5万程度でなにが浪費なのかw
まあ、確かに「その金額」で、缶コーヒー135円を飲めば「浪費」でしょうがね、それが「浪費」とは!生活費ではないか!

労働者の貧困問題の本質は、なんら日本の労働運動は、企業に対して、労働者の向上や賃金待遇ではなく、政党の下請けとして労働者にビラまかせて、なんらまったく意味のない運動をしてきたその労働側の怠慢にある。

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