投票権は「個人」に付与されているのである

欺瞞のへぼ左翼は、仲間といっしょに政治ごっこしているだけがお好きなようですなw
どうも一人、でいることを極端に恐れるみたいだ。
だが、選挙は集団に権利があるわけではなく、個人、に投票権を付与したから、それも「法の下の平等」においてだ、この「法の下の平等」が意地悪なのだ(笑)、それはともかく、いくら、SNSや妙なデモで安倍倒せといおうがそこで、リビドーを発散させようが、最終的には個人にゆだねられる。
一人一人の政治行動に左右される。
それが選挙だ。
いくら反戦集会で快哉をあげようが、投票は、一人、なのだ。

投票権は個人に付与されている、これは実は大きなポイントなのだ。
なぜなら、敵であるはずの票が浮気するかもしれないのだ。
昭恵夫人がもう浮気したとかそういうことではない(笑)
昭恵夫人が浮気して安倍家が仮面離婚とかそういうことでもない。

つまり、投票は「一人」が選挙の醍醐味だ。
選挙とは秘密投票である。
このことは、大事だ。なぜなら、本来、公明党や自民に票を投じる「学会員」が、野党共闘に票を投じる可能性がある。
それはないとは言いきれない。
なぜなら、学会員は安保法制可決で公明党に反乱したのだ。
学会員は潜在的に自公に不満がある。
そこが自公に勝つ突破口だ。
(ちなみに、トヨタでは民主党に投票するよう、連合が命令した、ということだ。)

大事なポイントは「敵味方志向」「欺瞞の仲よくしよう」を捨てろ、だ。
そして、学会員の公明党に抗議した人物のように「個人」を鍛えろだ。

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