人民の権利行使は憲法から人民への命令である

もし日本国憲法がアメリカの押し付けであればなおさら、日本の住民は、その押し付けを守らなければいけない。
法とは、そもそも「押し付け」でないと意味がない(笑)
いやあ、この法は押し付けなんだよね~だから俺、関係ないわだったら、その法の効力がないではないか。
それにだ、日本国憲法は、法的規範である。規範、それは、絶対的な「押し付け」だ。意味わかるかな?
ということは、人権とは規範から生じる「義務」なのだ。
それを日本国憲法は、「第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。 」で明記した。
つまり、人民は、権利を絶対に行わなければいけない。
これは、どういうことか、憲法は国民から国家への命令だとダグラスは主張したが、憲法にある内在的論理が、人民に法的命令として「権利を行使せよ」と、保障しているのだ。
であるがゆえに日本国憲法の下肢法である労組法を守っているんだか守って居ないんだかわからない企業別労組は、反憲法的な「バカ」である。

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