あのう、先に憲法第9条ができてから、あとに自衛隊があとづけでできたんですが?

自衛隊と米軍基地の防衛利益に享受しておきながら、憲法第9条を維持するのは欺瞞だ、それは、本当なの?
と、僕はかんがえますけどね。
先に、第9条が、制定されてから、のちに、自衛隊の前身である警察予備隊が、アメリカの朝鮮戦争の、そのときの都合で作られたに過ぎない。つまり、日本を取り戻すから、自衛隊に感謝なんたらかんたら、という右翼は、その歴史を知っているのか、知らないのか、全く日本の、しかも、自国民が要求したわけでもない警察予備隊からの日本政府のすきあらば軍事拡大の妥協的産物の自衛隊に、日本、だとか、国防、だとかの役割を求めるのは、それ、図々しいってやつだよ。その日本的図々しさを見抜いたのかトランプは、米軍基地は撤退、と主張するのは、ナショナリズムの観点から、それは、実はまともだが、妥協的ワシントンが煙たがるだけである。
トランプのことは、ともかく、もし、軍隊がなければ、日本が侵略されたら、どうするか、という蓋然的な論理で、しかも声が大きいだけの右翼だが、現在の日本が侵略されないのは、なぜなのか、を、考えると、単に日本が第9条により、交戦権を認めておらず、交戦権を認めない国に、侵略という交戦権を侵略国は、使用できないから、侵略されないのである。ふふふふ、右翼の諸君、意味わかるかな。
つまりだな、交戦権をこちらが認めなければ、侵略という侵略国の交戦権が国際的に認知されようがないではないか。
つまりな、日本を侵略しようにも日本が交戦権を放棄しているので、その侵略につける言葉がまさに「侵略」となってしまい、さすがにいくら国連の敵国である日本を侵略したとしてその国は、国際的地位は失うわな。
このことを、第9条のユーモア、と私は名付ける。
土井たか子だかが言ったか忘れたが憲法第9条は確かに日本を守ってきたのである。
つまり、それは、テレビアニメ一休さんの頓知のようなものである。
もし、日本に自衛の組織をどうしても、必要というのであれば、今の自衛隊を解体してから、と、僕はかんがえます。というのは、先ほども述べたが、自衛隊の前身が、単にアメリカの、そのときの都合により、作られたに過ぎない警察予備隊である、ということだ。
このアメリカのそのときの都合で作られたに過ぎない警察予備隊というその形態が、もう一つの日本の最大の存在を、私は思い出す。
それは、昭和天皇、である。
昭和天皇の戦争責任免責と戦後の転身はまさに、アメリカのそのときの都合でしかない。

自衛隊と昭和天皇は、アメリカ地政学の、プラグマティズムの産物でしかないから、ソ連が崩壊すれば、それらの存在的役割は消滅する。

だが、その消滅した存在的役割に寄生することでしか、自身の権力的正当性を主張できない、自民党は、自身の役割の延命のためだけに、自衛隊にしがみつくし、そのバックの日米安保にしがみつくしかない。そして、彼らが、極端に、日本、を絶叫するのは、もう自民党はアメリカから、煙たがられているからだ。なぜなら、過去の自民党は都合よくアメリカを理由に国民に従わせてきたのだが、現在のアメリカは、もう日本に、軍事的な役割を求めていない、だが、オバマにしろ、権力的妥協を図るワシントンは、東アジアの安定だとかまあ、いろいろ言って、今のままでいっか、とそれだけだが、そこにはカネ使いたくないよね、が妥協的ワシントンである。

ゆえに、実は、アメリカは、自分の都合により、作ったに過ぎない戦後レジームを、忘れたい、ではないか。

だが、そのレジームに使われた自民党はどうしても、そこに、こだわる。

ゆえに、日本では戦後はフリーズされる。

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