左翼を気取る高齢者に現在の若者をなじる資格はない

そもそも、今の高齢者がいくら、左翼を気取ろうが、この世代は、右肩あがりのパラダイムに生きていて、それはもう日本にはリターンされないパラダイスだったのだ。本人たちは、そのパラダイスの中で闘ってきた、だの、平和を守ってきた、だの、思い上がりも甚だしいが、その甚だしい思い上がりを理由に現在の、経済閉塞未来日本のデストピアを生きる今の若者を、詰る資格は、その高齢者にはない。
今の、闘ってきた、だの、平和を守ってきただの、それも、実現できたのは、右肩あがりのパラダイムに、たまたま、現役世代のときに生きていたからであり、この高齢者の、意識、ではない。
それは、パラダイムが高齢者を、ちょっと左翼にしただけだ。
右肩あがりのパラダイムの意識内に存在する高齢者左翼は、さっさと、そのパラダイムから考え方を変えなさい。
なにが、SEALDは、センスがいい、だ。
その言葉に、右肩あがりのパラダイムに未だはまっている、思い上がりがある。
だいたい、多くの若者は貧困だ。
だのに、SEALDは、センスがいい?
とろくさいわ、アホだろ、高齢者左翼。
なぜ、貧困者である若者がSEALDの奥田くんのようにNIKEのキャップを買える「コスト」があるのか、だ。
そのミクロな現実に「格差」が横たわっている。それも「若者のあいだに」

闘いの前に「分析」である。

当然ながら、右翼を気取る「くそじじい」にはもっと若者をなじる資格はないどころか、死んでもいいレベルだ。こいつらは。

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