極悪犯罪者にも戦争反対を唱える権利は保障されている

極悪犯罪者にも権利の行使は存在する。まずこの法的常識を理解しないと、いつまでも日本に「人権」は根付かない。
犯罪人が行ったその悪は法的手続きにより刑に服すれば人権の問題は公共の福祉により「責任はその犯罪者は負った」。
だが、残る問題は、罪の償い、という「精神論」「形而上学」的な問題であり、日本の未熟な社会はその「精神論」「形而上学」にばかり焦点があてられる。
なぜ、日本では抗議するものが礼儀正しくならなければならないのか。上記の「極悪犯罪者にも権利の行使は存在する」が理解されていないからだ。というか、抗議するものは「悪のイメージ」の払拭という「世間」の「形而上学」におもねった結果が、抗議者はいい人よ、だが、それには罠があるのだ。
昨日まで犯罪を犯してきた人間が、戦争反対します、といったら、その権利の行使を、「世間」は抑圧するのだ。
それが日本のリベラルの欺瞞である。

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