現在の野党共闘の脆さはその敵を設定し、内部結束を図る以上のことをできていない

敵を設定し、内部結束を図るその手法は脆い。内部結束を図り、お望み通り、敵を倒したら、その結束は無価値になってしまうのだ。ということは、そのような手法を使う組織は、実は無意識に勝ちたくない、という行動をとってしまうのではないか。
何のために内部結束を図るのか、敵を倒すためだけなのか。

違う。

我々の要求を通すためだ。

現在の野党共闘の脆さはその敵を設定し、内部結束を図る以上のことをできていない。

確かにこのまま安倍政権が続くと社会は混乱するから食い止めなければいけないが、その混乱した社会に居心地の良さを感じる者もまたいるから、単に敵である安倍を倒そう、は広がらない。そんな奴はいない、とヒステリックに叫んでもダメである。事実、メディア誘導により支持は今でも高い。メディアが安倍政権は居心地がいい、とメタメッセージを大衆の無意識に送っているのだ。
安倍政権の問題点は様々な人が指摘しているが、代わりの、我々の要求、を具体化しなければ、結束が強化されない。

わかりやすく図式化すれば、

安倍→格差拡大、戦争、嘘つき、女性蔑視、極右、改憲…
反安倍→戦争反対、格差縮小、第9条を守る…

この対立をより具体的に鮮明化しなければいけない。

反安倍が掲げる政治的要求のもとに内部結束を図るべきであって、安倍を倒そう、というわかりやすい敵を倒そう理論のもとではない、を明確に打ち出すのだ。
だが、困ったことに、安倍も反安倍も自衛隊は合憲、という点では一致しているのだ。そのことが仲良くしよう、の欺瞞である。

実は、隠された争点は自衛隊の扱い、ではないか。

いくら改憲反対と言っても、日本国憲法に自衛隊の正当性の根拠を見つける条文は存在しないのに、自衛隊を合憲、と述べる改憲反対とは何なのか、だ。
本当に反安倍は、自分たちが掲げる改憲反対を信じているのだろうか。
どうも、怪しい。
時代が変わったから、過去は自衛隊は違憲、かもしれないが、今は国民も認めているから合憲と言い張るならば、その論法こそが改憲派が使用してきた論法そのものである。
時代が変われば憲法の意味がかわる、と。
解釈改憲ではないか。
明らかに国家の常備軍である自衛隊を巡る解釈を体制側に譲歩しているのだ。
それは、本当に安倍を倒す、と言えるのか。
そのことが、敵を設定し、内部結束を図るが敵を倒したら内部結束は無価値になってしまうので、無意識に勝ちたくない行動をとらせる、その無意識の言葉が、反安倍が主張する自衛隊は合憲である。安倍側は意識的に自衛隊は合憲というのは当たり前である。その意識こそがイデオロギー操作であり、反安倍が自衛隊は合憲と主張してしまうのは、操作された結果である。
これが、仲良くしよう、の症状である。
仲良くしよう、ではない。
政治的対立の鮮明化を計らない限り對立が内部に転化されるのだ。
それは、いつものどこでも見る、日本、である。
反安倍もまた、日本、に閉じ込められている。

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