俺のもっとも嫌いな言葉、それは、がんばろう、である。

いい加減、頑張る、だけの組織をやめよう。
いい加減、他人に頑張って、と頑張らせるのをやめよう。
いい加減、他人に頑張っているか、という圧迫の激励をやめよう。

我々は、協力してこの問題に解決する。どんな些細なことでもいいから、アイデアを出し合おう、だ。

日本の労働運動のガン。
それは、がんばろう、である。
無能な指導者ほど、運動員を「がんばらせる」。
有能な指導者は、そのアイデアを知りたい、君の意見を聞きたい、

つまり、

我々は、協力してこの問題に解決する。どんな些細なことでもいいから、アイデアを出し合おう、だ。

だが、無能は、組織のメンバーの意見を、黙らせることに「エネルギー」を注いでしまう。

大事なことは組織員は、その組織の決定にどれだけ自分が、関われるか、であって、「がんばろう」でもなければ、ルーティンワークのビラまきではない。

がんばろう、は特攻隊と過労死を生む。

そもそも日本人は勝ちたくないのだ。口では、われわれは闘っているんだ、と口は勇ましいが、本当はがんばって負けたことの「いいわけ」しか考えていないのだ。
そして、勝つことは悪いことをしたからだ、という刷り込みが頭を覆っているのだ。
弱者ほど、勝つことから、遠ざかりたいのだ。

がんばろう、というその言葉には、無理をしなければ、できない、という「受験生」のような「メンタリティ」しかなく、がんばろう、は負けても、がんばったからいいじゃないか、を暗に含んだ、敗北主義である。

がんばろう、ではない。

我々は、協力してこの問題に解決する。どんな些細なことでもいいから、アイデアを出し合おう、だ。
そして、どう勝つのか、だ。

がんばろう、は、その言葉の意味に負けても悔いなし、という初めから負けを想定した、最悪なロマン的な敗北主義である。

つまり、勝つためにいかなるプラン、いかなる戦略、いかなる組織、といった企画が存在せずに、現場に投入されて、がんばろう、という肉体主義に陥る。

それは旧日本軍だ。

がんばろう、は死の行進である。

それが口癖のものが組織する組織は必ず、自滅する。


こんな歌うたったところで、負ける時は負ける。

本当に、日本の労働運動は「勝ち」を目指しているのか?

左翼敗北主義との決別のために、がんばろう、を今後、歌ってはいけない、それは、悪い習慣だ。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 社会思想へ
にほんブログ村

広告

俺のもっとも嫌いな言葉、それは、がんばろう、である。」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 俺のもっとも嫌いな言葉、それは、がんばろう、である。 — あるワーキングプアの考え – 政治

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中