内部留保という言葉が、認識を誤らせるのだ

内部留保という言葉が、認識を誤らせるのだ。
大事なことは、その貸借対照表の数字だ。
派遣切りと内部留保問題は関係ない。
派遣切りは、まさに、シャノアール問題で言われた「新鮮さ」だ。
労働者を交替させることの「新鮮さ」だ。それが「論点」だ。
使用者は、労働者が固定化されるのを嫌がるのだ。
それこそ、「労組」に発展しかねないからだ。
つまり、現在の非正規労働者に特徴的なフローな労働者がジャストフィットである。そのことは1995年発表「新時代の日本型経営」により宣言されていたはずだが、自説にこだわる「左翼」はその「新時代の日本型経営」を軽視しすぎて、現在の労働現場の劣悪さを「リーマンショック以降」でしか見ることができない。
日本は橋本内閣から見なければいけない。
というか中曽根内閣により新自由主義は完成し、橋本内閣当時のバブル破綻、97~98年不況が、賃金低下の圧力の「根拠」になりえてしまったのだ。
だが、それは意図的なものだ、と私は見る。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 社会思想へ
にほんブログ村

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中