経営者の「良心」がなくなったからか

多くの良心的な労働者は、現在のブラック企業の隆盛を、経営者に良心がなくなった、とか、能力がなくなった、と労働者である自分が、経営者から言われるそれら、良心がない、能力がない、が原因であるかのように、「発見」してしまう。
それは、鏡でしかないのだ。
ブラック企業の隆盛は、経営能力の問題でもない。
このことは、労働者も労働能力の問題ではないように、「能力」といった「曖昧」な「力」ではない。
経営者は、剰余利潤を生むためには、どんなことでもするのだ。
「資本家は、資本主義の人格的な担い手である」(カール・マルクス)
マルクスが述べた「存在が意識を規定する」ということは、低賃金労働者が、困窮のあまり、万引きをしてしまう、資本家が、利潤が減ったから、長時間労働未払いを労働者に強いる、という、こういう現象のことを指す。
もし経営者が「良心」さえ戻せば、企業がよくなれば、労働者も「良心」をもって困窮のあまり万引きしなくても、「労働側」がよくなるではないか。
そんなことはなかろうに。

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