日本など、世界から見たら、不在の島国である

日本側の過剰な対米従属「演出」は、米中関係において、日本は出る幕がないのに、日本がアメリカの側にいる、使われているが存在している、という演出であって、じつは、日本は米中関係の重要点には存在していないのだ、若者風にいえば日本は米中からみて、out of 眼中なのだ。
日本国内の内向きの世論は、国内矛盾はアメリカの要請、対米従属ということにしておけば、政府や官僚の責任が問われずに済む。
その問われないことに無自覚に加担しているのが、反米左翼という冷戦思考の塊のアナクロ左翼である。
反米左翼なんて、ソ連があり、仮構の第三世界があったころの、遊戯でしかない。
反米左翼はソ連が1991年崩壊し、その後、社会党や総評が崩壊し、中国が、資本主義国家へ生まれ変わったこの時代において存在する意味はもうない。
安倍は伊勢志摩サミットで、なにやら、議題にもならない北朝鮮のことを語るようだが、それも、日本が、ジャパン・アズ・ナンバーワンからはるかに世界的に地位が、そして経済力が後退したことをいつもの日本人の「がんばろう」「気合主義」で、やっても無駄なことを行い「株式会社・日本」を示したい空周りのパフォーマンスである。
日本に来る外国人観光客は、そこにある「商品」に興味があるのであって、日本の「おもてなし」など関心がないように、世界は投資家から労働者まで、日本の経済にしか興味がない。(フランス人のアニメオタクがそうだ)どうも、内向き日本人は勘違いしている。
外国人は、日本の経済力で世界から巻き上げた(収奪した)商品(中国のアップルより日本の銀座のアップルのほうが信じられる)にしか関心がない。
外国人観光客は、そして日本人は口では日本が好きといいながら、商品さえあればよく、日本などなくなってもかまわないというのが深層心理である。
そのような状況に、日本を強調しても、逆効果である。
では、どうすればいいのか。
日本、ではなく、世界の普遍的な価値、人権に立脚することであり、極端に言えば、もっと日本はアメリカに占領されたほうがいい。なぜなら、アメリカは王が不在の民主主義国家であり、そのことがマルクスが定義した「資本の文明化作用」である。
もっと、日本はアメリカに蹂躙されるべきだ。
そのことが「交通」であり、マルクスが定義する「世界史」だ。

 「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。」(堕落論 坂口安吾)

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