乙武氏の自民党出馬を民主主義的原則に照らし私は擁護する

乙武氏の自民党出馬は、単に野党は、根本的にダメだと、障害者の彼から見限られたということです。
このことはSEALDの奥田氏にも言えて、彼は野党共闘のシンパでもなんでもなく、日本社会において、個人が声を上げることの重要な民主主義の基本原則を実行し、その実行者の奥田氏からも野党は期待されていない。彼は自民党の野田聖子氏を支持する、という発言もあった。
つまり、対抗すべき野党が、安倍政権と対して変わらない霞が関腐敗ブルジョアであることを乙武、奥田という利発な若者は見抜いただけのことであり、もし、 政治で勝つのであれば、野党も与党も同じ霞が関であるならば、自民党から出馬する、という功利主義的な考えにより政治で勝つことをみずから選ぶのはまさに 政治家の資質にふさわしいのである。
私は乙武氏の自民党出馬をあえて彼のクレバーな部分があらわれたということで支持します。
乙武氏のこの自民党出馬を非難する連中はなんら自分の身体で困難さがない健常者であり、それは偽善である。
乙武自民党出馬を非難するものは、では、いつ、日本の自称野党が、障害者の解放など唱えたのか、それが不在であり、自称野党もまた、戦争反対さえ除けば、安倍政権と同じ新自由主義者の集合体であることに気づいているのだろうか。
障害者の乙武氏を単に自民党から出馬するというだけで非難するものはセカンドレイプ者だ。
つまり、弱者がより功利的に自分にとって有利な地位に上がろうとするその行為を障害者から日常的に有利な位置にいる強者の健常者の偽善者がたたくのは二重の暴力、侮蔑、人権侵害だ。

乙武氏は、偽善左翼や偽善リベラルのトーテムではない。彼もまた一個の人格を有した人間であり、そして、障害者という健常者からみたら弱者の、常に不利な人生を生きざるをえない一個の人間であり、その彼の判断を、認めるのが、民主主義だ。

僕は障害者の乙武氏は自民党出馬は理に適っていると見ます。障害者だからと言って、イコール反自民と考えるのは、偽善健常者左翼の思いこみ、偏見、型にはめたがる思考停止が反映しているだけです。
逆説的な言い方をするが、乙武氏が自民党で活躍すれば、それは障害者の希望の星なのだ。
マジョリティ健常者社会で「活躍していいんだ」と障害者が考えてくれたら、「革命」ではないか。

そしてここで大事な視点は、障害者の乙武氏から見たら、健常者の野党がなんら魅力的ではない、ということだ。
いつ、日本共産党や民進党?が乙武を擁護したのか?
お前ら野党は偽善だけの差別者だ。
乙武自民党出馬は彼の個人的自由である、その自由を侵害するもの、非難するものは反安倍というセクト主義者ではあるが、決して民主主義者ではない。

 
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