ネットにデマがあって何が問題なのか、俺にはよくわからない

#‎ネトウヨ‬ の内容に批判はしたほうがいいのだが、#ネトウヨ そのものは大衆の誤解と無知に基づいた曲解された言論の自由、とすれば、その自由を奪ってはいけない。
そもそも、デマ、嘘、噂、などリアルに存在しており、ネットもリアルの反映でしかないように、当然、デマ、嘘、噂は存在する。
むしろ、それらはネットに存在したほうがいい。
もし、ネットに正しい意見、しかない世界など、菌に弱い免疫不全症候群のような人間しか生まない。そんな空間、俺はごめんだね。
ネトウヨのデマもまた、風流かな。
ネット空間にデマがあっていけない根拠はないし、デマがあってもいい根拠もない。
つまりは、デマなど、受け取る側の「判断力」に任すしかない。
っていうか、オランダでは、匿名情報など信じるわけねえだろ、という「常識」だそうだ。
それはひとつの対処法である。
意見をデマかデマでないか、という風に見ないその価値観が「共通一次的〇✖」思考で、頭が悪い証拠だ。
デマなど社会にいくらでもある、だから、罵倒ではない。罵倒すればいいと考えている野間はバカであると俺が先に罵倒してやったわ!
野間ごとき小物などどうでもいい。
デマなどは社会にいくらでもあり、その情報を見抜く力が重要であり、それは、
5W1Hが基本にあれば見抜けるのだ。
大事なのは、見抜くことだ。

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