非正規問題は、待遇差ではない、待遇差しか見ない連中は「非正規」を頭でしか理解できていない

正規雇用でさえも月収が手取り15万くらいだと、日曜日は日雇い派遣で働く人もいるから、正規と非正規の差に「非正規問題」があるわけではない。
非正規の処遇をよくするという問題を正規と非正規の待遇差という現象でしか見ないのは、表面的な見方である。
単純に言えば、非正規の処遇向上はその運動として「個別」に行わないと、非正規と正規の待遇差を是正する、という安直なヒューマニズム労働主義は、そのヒューマニズムを掬われて、非正規へ足並みそろえる、という下への「同一労働同一賃金」として「実現」してしまう。
つまり、非正規の処遇向上を「同一価値労働同一賃金」という「表面」では解決できない。
時間当たりの賃金を「平等」にしても、正規は賞与、退職金、などがあり、それらを企業は、「異動できるから」とかいうような理由により、非正規には賞与、退職金、家族手当、ほか様々な手当、そして福利厚生(正規には安くホテルで泊まれる、とか)そういうものは非正規にはつかない。
最低賃金を1500円にしようが、実は、企業は困らないのだ。
なぜなら正規のその福利厚生や賞与、退職金を減らせばいい。
つまり、企業から見たら、単なる会計処理問題でしかない。
だから、最低賃金1500円に上がったら困るのは、正規であるから、深層は「企業内組合」がこの最低賃金向上に反対するという最低なことをしているのかもしれない。
大企業が最賃向上反対する理由は、大企業労組が労務管理の変更をさせられるのがいやだ、会計処理が変わるのがいやだ、ソフトを変えなきゃならない、というまさに「労働者的な価値観」が反対しているのではないか。
そもそも「同一労働同一賃金」を言いだしたのは、外観上、「労働側」の「連合」であり、その「同一労働同一賃金」なる単なる「虚妄なスローガン」は、まさに「脱原発」だとか「アンチレイシズム」とか「反安倍」とか「立憲主義の回復」とか「民主主義を取り戻す」といったとっても軽い政治的スローガンのように、まったく具体性はない。
「政策」がないのだ。
具体性があれば、連合も最低賃金向上に賛成すればいいではないか。
理由なんかいくらでもあるではないか、日本経済のために、だとかいったくだらない理由もあるではないか、だが、彼らは、その最低賃金向上に首をたてにふらないだろう。
問題は正規と非正規の待遇差がその非正規の問題の本質ではない。
もしそのことが本質であれば、正規のあいだの待遇差はどうなるのだ。
そんな状態は営業マンには日常的だ。(成績が悪い営業だと、事務の非正規の月収同じか下という状態になってしまう。)
非正規の問題の本質は、以前も述べたが、「身分差別」である。
正規が、自分より「下」がいると考えることで「癒される」のだ。
それが「本質」だ。
ゆえにいくら待遇をよくしようが、正規と企業の使用者が抱く非正規への心理的差別、は消えない。
それはカースト制度なのだ。
非正規問題は、企業内差別問題であり、労働者にその「企業内差別」が「内面化」した「イデオロギー問題」でもある。
つまりは、月収手取り15万の日曜には日雇い派遣に働きに行くような労働者も非正規を「差別」するのである。

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