小林よしのりが中国人観光客をうっとうしいといった意味を考える

小林よしのりが中国人観光客がうっとうしいといったのは、かつて東京人が地方からでてきた若者に対する侮蔑的な視線、発言の「延長」であり、それは「人種差別」と呼ばれるような「差別」ではない。
日本人が中国人や朝鮮人を見下したからと言って「人種差別」であるわけがない。なぜなら、同じ「黄色人種」ではないか。
日本人による中国人や朝鮮人への「差別」を「人種」差別という人間は、実は、中国人も朝鮮人も同じ黄色人種であることを認めていないのではないか、と、むしろ、私は意地悪く問いたくなる。
日本人による中国人や朝鮮人の差別は、東京もしくは皇居を中心に形成された、中心‐周縁、という遅れた近代国家・日本が、とった国家の方針から発生した「国民の自意識」である。
であるから、福島への暴言は、構造的に見て、中国人差別と似ているのである。
とすれば、もっとわかりやすく言えば、天皇と人民という関係が「日本の差別」を再生産しているのである。
東京からみた東北、北海道、沖縄、そしてそれは周辺の島へ移り、近代国家日本の「天皇制」がそれら「差別システム」を内包した「帝国主義膨張」の「制度」でしかない。
ゆえにいくらアキヒトが「人格」がよかろうが、そんな人格はまったく「階級闘争」にとって関係ない「私言」でしかないのである。
日本人が行う中国人や朝鮮人への「差別」は、いち早く近代化をなしとげたわれわれ日本人が「指導」してやる、という傲慢な「思いやり」である。
ゆえにその「思いやり」もまた差別感情のひとつである。

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