そりゃあまあ、自分の孫みたいな若者が自分と同じ考えだとうれしいでしょうね、それがSEALD’Sと在特会ですよ。

若い人は、まじめに素直で社会をよくしようというその純粋な感情だけはいいが、なにせ、社会の構造を見ようとしない。
つまり、社会の構造をみようとせず、まじめに素直で社会をよくしようというその純粋な感情だけが先走ると在特会かSEALD’sになる。
それらは両極の「ありのまま」という「若者」像の典型に陥る。
とはいってもそれらの支持者が高齢者であることもSEALD’Sも在特会もそっくりだ。
つまり、高齢者時代の高齢者に好かれる若者の「素直」な運動なのだ。

そりゃあまあ、自分の孫みたいな若者が自分と同じ考えだとうれしいでしょうね。
それがSEALD’Sと在特会ですよ。
思想が違うだけで、老人たらし、でしかないところは一致しているが、桜井誠は老人たらしをしているようにみえない。だけど、老人は桜井誠に魅かれる。
それが「思想」でもある。
「思想」は、きれいごとを言うものと勘違いしている人が多いが、「思想」の究極は「死ね」もありますからね。ナチスも「思想」ですからね。
「思想」の前には、戦後純粋培養民主主義プチブルは敗北するだろう。
事実、戦後純粋培養民主主義プチブルの「しばき隊」は彼らを食い止めることはできていない。

国家の支配者も極右、民間では排外主義。

日本はもう監獄社会ですね。

追記 在特会批判で、批判の意味をなしていないのが、在特会は右翼ではない、だ。
逆に、僕は、在特会こそ、右翼、ととらえているんですが。

 


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