経済的徴兵制という議論もおかしい

経済的徴兵制という議論もおかしい、世界共通して、兵士になるのは「貧乏人」です。今でも自衛隊は、エリート以外は「貧乏人」ですね。戦時中、日本の富裕層は一定の金を支払えば、兵役を免れた、もともと、軍隊は「経済的徴兵制」である。それは、不平等の問題だから、フレドリック・ジェイムソンが主張するようにむしろ「国民皆兵制」を唱え、実践することが、その不平等をなくす。
ジェイムソンが言うには、国民皆兵であるとあまりにも大きくなってしまい、コントロールできなくなり、戦争ができなくなってしまうのだ。
憲法第9条は主権者である人民から兵役の義務を外した。その外したのに、一部の国民が武装訓練を行っている。その一部が「自衛隊」である。それはいかなる状態なのか?
それこそが「経済的徴兵制」ではないのか?もうそんなものは「実現」している。
没落する中間層が、貧困層になり「自衛隊」に入ることだけが「経済的徴兵制」ではない、それはもともと既に存在している。
しかも、重要なポイントは、日本では「憲法第9条は主権者である人民から兵役の義務を外した」のだし、その第9条には「自衛権」を明確に書いた条文は存在しない。

経済的徴兵制という議論がいかにプチブル的なモノであるかをあなたたちがわかるように幸徳秋水を掲載する。

兵士を送る     (1904年 2月)

行矣従軍の兵士、吾人今や諸君の行を止むるに由なし。
諸君今や人を殺さんが為めに行く、否ざれば即ち人に殺されんが為めに行く、吾人は知る、是れ実に諸君の希う所にあらざることを、然れども兵士としての諸君は、単に一個の自動機械也、憐れむ可し、諸君は思想の自由を有せざる也、躰躯の自由を有せざる也、諸君の行くは諸君の罪に非ざる也、英霊なる人生を強て、自動機械と為せる現時の社会制度の罪也、吾人諸君と不幸にして此悪制度の下に生るるを如何せん、行矣、吾人今や諸君の行を止むるに由なし。
嗚呼従軍の兵士、諸君の田畆は荒れん、諸君の業務は廃せられん、諸君の老親は独り門に倚り、諸君の妻兒は空しく飢に泣く、而して諸君の生還は元より期す可らざる也、而も諸君は行かざる可らず、行矣、行て諸君の職分とする所を尽せ、一個の機械となって動け、然れども露国の兵士も又人の子也、人の夫也、人の父也、諸君の同胞なる人類也、之を思うて慎んで彼等に対して残暴の行あること勿れ。
嗚呼吾人今や諸君の行を止むるに由なし、吾人の為し得る所は、唯諸君の子孫をして再び此惨事に会する無らしめんが為に、今の悪制度廃止に尽力せんのみ、諸君が朔北の野に奮進するが如く、吾人も亦悪制度廃止の戦場に向って奮進せん、諸君若し死せば、諸君の子孫と共に為さん、諸君生還せば諸君と與に為さん。  (平民新聞第十四号)


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