問題の核心はやはり、「自衛権の発動の要件」である

週刊東洋経済新年号を読むと、防衛大出身の海上自衛官の方が南沙諸島米中危機の予測シナリオを執筆しているのを読んで、自衛官の方も安保法制では戦いにくい、曖昧である、と、求められているのは「平時の自衛権」である、と書かれてある。海上自衛官の方の予測シナリオでは南沙諸島の米中対立が尖閣に飛び火するが、現在の日本の法整備では自衛隊は武器使用が正当防衛のときにしか使えないが、自衛隊が出動したことにより、中国は自衛隊の行動が米軍の行動と一体化したものとみなすので、攻撃は十分可能性どころか、必ずあり、その攻撃に対する戦いが現在の法整備では、安保法制でも無理だ、ということであり、自衛官の方は個別的自衛権の要件の議論が必要だと書いている。
問題の核心はやはり、「自衛権の発動の要件」である。今まで、どうも私は、集団か個別かで議論が分かれ、その結果個別でいいんだ、と騒ぐ人間にも疑問を感じていた。
重要な点は、「自衛権の発動の要件」、そのものなのだ。
週刊東洋経済の記事を読んで、僕が感じたのは、現場の自衛官の方が考える自衛権と民間が考える自衛権に齟齬があり、週刊東洋経済の自衛官の記事から、読み取れるには、その自衛権の根拠は、第9条から派生する自衛隊に関連する法律である。
ということは、自衛権の根拠を、第13条に置く民間の議論は、「自衛権」を行使する現場の自衛官から離れた議論になってしまい、その離れた議論は、反安倍の陣営の間違った認識をもたらす。その典型が自衛隊合憲新9条個別自衛権に執着するその姿勢である。
問題は「自衛権の発動の要件」であるので、そのことに対して「集団」であろうが「個別」であろうが、「発動」できなければ、それは「自衛権の死」とまでは至らないが、「自衛権の停止中」の状態であり、今後、僕が考える「自衛権」をめぐる「議論」はその「発動の要件」に焦点が当たり、集団さえ違憲であり、そのことさえ認められれば、個別は合憲、という反安倍の論理は崩れ、反安倍は、構造的に「戦争協力」を迫られる可能性もある。
本当に、戦争を止めたければ、自衛権の根拠が第13条にあるというような何ら意味のない希望的観測を述べていてはいけない。
端的にわれわれは、自衛隊は違憲、という勇気を持つべきである。


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