「霞が関」の構造に志位がこようが岡田がこようが、実質、「変化はない」。

われわれ人民が打倒すべき政治権力は「霞が関」であり、その「霞が関」の構造を温存したままの安倍打倒は、特に意味はない。
「霞が関」の構造に志位がこようが岡田がこようが、実質、「変化はない」。
ただ「言葉が変わるだけだ」。
安倍はいたずらに愛国を怒鳴ったが、志位は日本の領土を守ることは植民地主義の清算だ、と嘘を語りながら全体主義は進む。
安倍も志位も岡田も官僚の手のひらで転がされるロボットでしかない。


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