憲法はなによりも人民の権利行使だ

憲法をどうもSEALD’sもそのほかとりまきも「統治法」だけの部分しか見ていない。
憲法はなによりも人民の権利行使だ。
彼らSEALD’sは民主主義の手続きが踏みにじられたことしか弾劾しない。
それは奇妙だ。
なぜならその手続きが内閣により目の前で繰り広げられていたら、内閣不信任案を野党が中心になって提出し、議会で政治家が内閣を弾劾すればいいのである。
臨時国会さえも開かない安倍内閣はその行為だけで憲法違反であり、そのことも内閣不信任案提出の大きな理由である。
問題は、現在の議会でそれら内閣不信任案さえ他野党と協力して提案しない日本共産党がなぜ、参院選で野党共闘して選挙で勝てるのか?
さらに野党共闘のサンプルである大阪選挙の自民を応援した日本共産党は選挙で敗退したのだ。
そのことを、考えたくない日本共産党もその支持者も橋下を非難することで、お茶を濁すという腐敗に陥っている、その行為もまた橋下に負けないポピュリズムである。これは試合で負けた、でも~僕たちがんばったからいいんだもん、相手が悪い奴だから、負けたんだもん、というダメ心理の典型である。
日本共産党に人民は期待してはいけない、必ず裏切られる。
そしてSEALD’Sがいくら立ち上がろうが、それは夏の参院選を目標にしたキャンペーンでしかない。
いつまでも寸劇に人民は酔っている場合ではない。


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