日本の戦後に民主教育など、存在していないから安倍が生まれてもなんらおかしくない

安倍晋三は、愛されキャラを目指しているのか。独裁者であれば、計画性、統御を備え、経済問題の国民からの反発を受けない解決を自分の思考で目指すが、そして大事な点は独裁者は政治を行うが、決して軍人のほしいままにしない。実行力があるのだ。だが、安倍は、違う。ガンダムの等身大人形を作ることを予定立てて、「愛されキャラ」を目指しているようだ。
これは独裁者よりキモイ。
安倍晋三のような「愛されキャラ」を目指すのは現代平均日本人の「病理」である。
これは決して戦前の教育の結果ではない。
むしろ、企業と一体化した戦後教育の産物だ。
日本の戦後に、民主教育などない、あるのは企業の労働力を育てるための機関が日本の戦後教育の正体だ。
日本の戦後に民主教育など、存在していないから安倍が生まれてもなんらおかしくない。
日教組は子供に民主教育を教える存在であるのか?それはいったい何なのか?
いや、日本に戦後民主教育があったと言い張りたいあなたは、私学のブルジョアの「世間知らず」だ。こういう「世間知らず」が在特会程度の集団を見て、日本はどうなるのか、と憂いてしまうが、過去から日本人による在日への差別は今以上に存在していたのだ。本題からずれた。
安倍晋三も自分で言っているではないか。
「民主主義を守る」と。
その「民主主義」こそが問題だ。
多くの日本大衆が感覚的に所有している「民主主義」は安倍晋三が唱える「民主主義」と変わりない。
だが、日本の平均大衆は、実は、「民主主義教育」をうけていないという圧倒的な事実がある。
その事実こそ、ブルジョアリベラルは「否認」する。

ブルジョアリベラルの代表が「日本共産党」であることは私が言わなくても先刻承知であろう。


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