どうも多くの日本人というかのんきリベラルは日本はフランスの二の舞になってしまうとか言っているが

どうも多くの日本人というかのんきリベラルは日本はフランスの二の舞になってしまうとか言っているが、日本の場合、熱狂的な支持が安倍につかない、なぜなら、組織票が安倍を支持するからだ。ルペンのような計画・統御されたファシズムが日本に起きるのではなく、独裁者の願望が、大衆の無関心のまま承認されてしまう。またその願望も、政策段階では官僚の手による作文、スピーチライターによる作文、にとって生まれ変わる。
よくある言説が安倍の代わりに誰が首相がいいのか、という言説をメディアは人民が形成するように誘導する。その場では安倍はルペンでもなければ、オランドでもない、単なるロボットである。政界・財界・官僚・日本会議といった複合的ブルジョア権力が、安倍のほかに誰かがいるか!とメディアを通じ訴え、その複合的ブルジョア権力の延命こそがロボット安倍によってなされている。日本の富裕層・ブルジョアはすべてといっていいくらい、政界・財界・官僚・日本会議といった複合的ブルジョア権力に従うことで、「恩恵」とやらにありつきたがっているのだ。本題からずれるが、アメリカの富裕層は皆が皆、共和党を支持していない。アメリカには富裕層にも「良心」は存在しているが、日本の富裕層は「拝金主義」だけである。
日本は独裁者願望の人間を立てることで、複合的な権力構造が、その各利権を奪い合う構造である。重要なポイントはこの利権を奪い合う構造を独裁願望の幼稚な安倍を立てることで、見せないということである。
これは見せられなくさせられているのは先ほどののんきリベラルである。
彼らは、安保法制という極端な典型的な右の政策には過敏に反応するが、だが、その安保法制もまた単なる国防族の利権確保の政策でしかないことを見ない。言っているのはいつもの戦争反対だ。安保法制と派遣法改悪はワンセットであることをのんきリベラルは見ない。
それは辺野古問題にも言えている。
辺野古問題は小泉政権から発生した、国防族の利権確保の問題をまるでアメリカからの指示であるかのように演出するのが日本の官僚だ。
アメリカは特に辺野古に執着していないのだ。つまり日本の対米従属だとか言っているリベラルも原因を外部に見つけることで安心しきっている。
左派が失墜しているところだけは日本もフランスも共通している。
簡単に結論付ければ、極右台頭ではない、左派に対する人民の幻滅、である。
その幻滅こそ見なければいけない。その幻滅が、相対的に極右の浮上を可能にさせた。
フランスと日本の相違は、ルペンは自覚したファシストだが、安倍はあくまでロボットであるという違いである。


にほんブログ村

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中