私が考えるには、労働組合とは…

私が考えるには、労働組合とは、まずなによりも、そこにいけば労働者が安心できる場所でなくてはならない。
闘う、とか、学習とか以前に、労働者が企業に酷使され、その疲れをとるために、労働者同士で駄弁り、そういう過程で連帯をはぐくむものであって、頭ごなしに「階級闘争だ」と労組乃至政党の偉い人が、がなっても意味がない。
労働組合はまずなによりも労働者の慰安の場所である必要がある。
その部分を欠いた労働組合は、労働者離れが起きるのではないか。

そして現在非正規労働者の拡大が激しいなか、労組のその役割が求められる。
多くの非正規労働者は、孤立化している。
そういう非正規労働者に頭ごなしに階級闘争だの、マルクスだの、叫んでも意味がない。
まず、なによりも非正規労働者の苦しみを聞くこと、しゃべらせること。
なにを行うか、はそこから始まる。

われわれは、秋葉原自動車突っ込み事件の加藤智弘氏のような「加害者」でもあるが、政治・経済の「被害者」をまた生んではいけない。

まず、なによりも非正規労働者には、温かいスープと食事だ。

生存が危ぶまれているのに、闘いなどできるのだろうか?

もし、連合が真剣に非正規労働者の拡大阻止を考えているなら、連合の潤沢な資金で、非正規労働者の窮状を救うことだ。そのことで民主党支持もできるではないか?

非正規はこうだああだ、という学者の論はもういいのだ。

本当に日本の労働運動は非正規拡大を食い止めたいのか?

非正規の私は「疑う」のである。


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