自衛権が国民の権利であれば、自分で銃を握ればいいじゃないか?

そもそも自衛権が日本に存在していればー私は日本国憲法にそんなものはないとみているがー主権者である国民の権利としてそれは存在するわけだから、なぜ、国民が、自衛隊に守ってもらう、と威張っているのか?自衛権は社会権なのか?
第13条と絡めるその論自体が、自衛隊をバカにしていないか?
であれば、人民は正直に言うべきだ。
自衛隊は「違憲」だ。
自衛隊員を解放しよう、と。
自衛隊が国民を守る存在だと言いたい学者は勘違いしている。
自衛隊員には労働者の権利すら保障されていないのだ。
なのに、国民を守る?
寝ぼけたこというな?
学者は自衛隊員をなんだと思っているのか?
自衛隊員も人の子だ!

自衛権が国民の権利であれば、自分で銃を握ればいいじゃないか?

以下を読みなさい。

幸徳秋水 兵士を送る     (1904年 2月)  全文

 行矣従軍の兵士、吾人今や諸君の行を止むるに由なし。
 諸君今や人を殺さんが為めに行く、否ざれば即ち人に殺されんが為めに行く、吾人は知る、是れ実に諸君の希う所にあらざることを、然れども兵士としての諸君は、単に一個の自動機械也、憐れむ可し、諸君は思想の自由を有せざる也、躰躯の自由を有せざる也、諸君の行くは諸君の罪に非ざる也、英霊なる人生を強て、自動機械と為せる現時の社会制度の罪也、吾人諸君と不幸にして此悪制度の下に生るるを如何せん、行矣、吾人今や諸君の行を止むるに由なし。
 嗚呼従軍の兵士、諸君の田畆は荒れん、諸君の業務は廃せられん、諸君の老親は独り門に倚り、諸君の妻兒は空しく飢に泣く、而して諸君の生還は元より期す可らざる也、而も諸君は行かざる可らず、行矣、行て諸君の職分とする所を尽せ、一個の機械となって動け、然れども露国の兵士も又人の子也、人の夫也、人の父也、諸君の同胞なる人類也、之を思うて慎んで彼等に対して残暴の行あること勿れ。
 嗚呼吾人今や諸君の行を止むるに由なし、吾人の為し得る所は、唯諸君の子孫をして再び此惨事に会する無らしめんが為に、今の悪制度廃止に尽力せんのみ、諸君が朔北の野に奮進するが如く、吾人も亦悪制度廃止の戦場に向って奮進せん、諸君若し死せば、諸君の子孫と共に為さん、諸君生還せば諸君と與に為さん。  (平民新聞第十四号)


にほんブログ村

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中